マフィアのボスと、

その愛人

 

「うっわー」

たった今届いたばかりの、新しく支給された隊服を羽織ったスクアーロがその下にしまい込まれた形になった長い銀糸をするりと襟首に腕を差し込んで抜き取り、ばさりと背に落とす一連の動作を見ていた王子は感嘆とも呆れともつかない歓声を零した。

「あんだぁ?」

背後のソファーに猫のように伸びている青年を髪をふわりと揺らして振り返った、切りそろえていた前髪を数年前からわけて横に長すようになった三十路過ぎたとは思えない男。

容姿もそうだが、態度も指輪戦以前より妙に子供っぽくなったとベルフェゴールは思う。

ガキっぽいのは生来だろうけど、多分精神的余裕が出来た上にボスが甘やかすものだから、子供還りを起こしてるんだろう。永い眠りから目覚めてからの数年はスクアーロの方がボスを甘やかしていたが、数年を経て相応の落ち着きをザンザスが取り戻してからは甘えて甘やかしての関係に落ち着いたのだ。それを気色悪く感じたが、随分昔のヴァリアーに入隊した当時の記憶を探ってみれば、己や部下達に対しては兄貴風をふかせてたりしたが、二つ年上の主人にはなんだかんだで甘えていた気がする。

「なんだってんだぁ」

しげしげと上から下まで値踏みするベルフェゴールに晒されて不可解そうに小首を傾げるのに流れた、緩やかに癖の付いたきらきらと輝く銀髪が黒色のふかふかとした天然物の毛皮に柔らかなウェーブを描いて落ち着くのだが、その色の対比がこれ以上なく目立つ。

いったん長い長い銀髪ばさりと切って、もう一度伸ばし始めたら、年を取って髪質が変わったのかそれとも心の弛みが出たのか、甘く波打つようになった銀糸。

じゃらじゃらとアクセサリーなんて着けなくても、そのきんきらした髪が光り物の代わりを充分果たしている。

昔からあるような珍しくもないデザインながら最上品のファーを使ったシックでいながらたゴージャスな漆黒の隊服は、色素が欠乏したように白いスクアーロをこれ以上なく引き立たせる。

というか、この新しい隊服はまるっきりこいつの為に作られたんじゃないかと、何年か前から次席に対する寵愛を隠さなくなった(前からだけど、あからさまに甘くなって、暴力が減った)ボスの職権乱用を勘繰ってしまう。

そういえば、何ヶ月か前に出たパーティーで毛皮を巻いたあちこち出っ張ったどこぞのマフィオーソの連れた愛人を見て、あいつの方が似合うとかつぶやいてなかったっけか?

鎖骨が見える黒い襟刳りの空いたインナーを着てわずかに肌を晒し、モデル立ちというわけではないが、剣を扱うせいか斜に構えていてもどことなく姿勢よくしなやかに立つ毛皮のコートを纏ったスクアーロの姿はなんていうか、もう。あれだ。

「ねーねースクアーロ。その格好でさ、ちょっとその辺の街角に立ってみない?」

たぶん王子の感想は万国万人共通だ。

「ベル」

執務机で書類にサインをしている(でも、着替えるスクアーロをしっかり見てたんだよね)上司の剣呑な響きに、ベルフェゴールは肩を竦めた。

「はーい」

言われなくたってボスがなにが言いたいかなんて通じるので、王子は良い子のお返事を返す。

「だから、なんだってんだよ」

一人訳が分からないと苛立ちを顕わにする己を無言で指で呼んだ上司に大人しく従い、応接セットから離れた銀髪頭は呼んだ男の傍らに侍る。

極自然にザンザスの肩に手を置いて示された書類を覗き込み、ふわりゆるりとしたウェーブの所為で冷たい色が大分甘さをもった銀糸が流れて相手に触れているのも気にしない。

その姿はまるっきり。

「マフィアのボスとその愛人」

ぼそりと呟いて、間違いじゃないけど、なんか間違ってるよと思う王子様だった。

 

 

 

「あ、スクアーロ。ちょっとココで待っててよ」

「あぁ?なんか用事か?」

「ジェラート買ってくる」

「とっとしろぉ」

二人して新しい隊服を来ての初のお出掛け。

移動先に向かう途中の街中で調度よく目についたジェラート屋台を理由にスクアーロを街灯下に立たせて、側を離れたベルフェゴールは少し距離を置いてから振り返って観察を開始する。

表通りの有名ブランド店が立ち並ぶ一角だ。

居るのも身なりの良い観光客か金持ちが多い。高級品を身につけて、顔にも身体にも金を掛けたそれなりに整った容姿の男女が闊歩する。その中でもスクアーロは異彩を放って目立つ。

黒い毛皮のファーコートに、ウェーブの銀髪を流して立つ色気を垂れ流した美青年。

すぐさま明らかに金持ちそうな壮年(なかなかの美形だね)がよっていって声を掛けている。

「誰がウリだぁ!!ざけてんじゃぇぞ!!このクソミソカス!!!」

案の定すぐさま上がった罵声に、けっと王子にしては珍しく下品に吐き捨ててしまった。

「なんかもう予想通り過ぎて王子つっまんないんだけど」

肩をいからせプラチナブロンドを振り乱して男を足蹴にするスクアーロは本当になんだか。

「高級男娼」

ベルフェゴールは溜息をついて、首をふった。

「ボス。王子はホント最近ボスがなに考えてるのかわかんないよ」

もう遅いだろうがこれ以上目立つわけにはいかないから、そろそろ止めようと自分のした実験だと言うことを棚に上げのその騒ぎに向かう。

激しいスラングで罵り、「おれは淫売じゃなくて淫乱だぁ!!ガキの頃はともかくザンザス意外となんてもうヤってねぇんだよ!!ボス以外となんてごめんだぁ!!」と訳の分からない主張をスクアーロが上げている。

「ああ。男娼じゃなくて、男妾だよね。ごめんスクアーロ。王子が間違ってたよ」

ベルフェゴールは聞こえない謝罪を繰り返しながら兄のように懐いていた上司兼先輩の姿にもの哀しさを覚えた。

思えば遠くに来てしまった、と。